『名張毒ブドウ酒殺人事件―六人目の犠牲者』江川紹子(著)

今年はどうにも警察当局の不手際が目立ったりしていて、冤罪事件に関する本などを意識的に読むようにしてきました。そんな流れで手にしたのが本書『名張毒ブドウ酒殺人事件』。著者はテレビでもおなじみのジャーナリスト江川紹子さんです。この方の文章を意識して読むのは実は初めてかもしれません。

名張毒ぶどう酒事件(なばりどくぶどうしゅじけん)とは、1961年3月28日の夜、三重県名張市葛尾(くずお)地区の公民館で起きた毒物混入事件。5人が死亡し、「第二の帝銀事件」として世間から騒がれた。逮捕・起訴され、容疑者の奥西勝(おくにし まさる)は死刑判決が確定している。日本弁護士連合会が支援する再審事件である。
(名張毒ぶどう酒事件 – Wikipediaより引用)

事件は昭和36年に起きているんですが、なんとなく名前だけは頭に残っていたので本書を手に取りました。2012年5月に名古屋高裁が再審取消決定行っているのでそれで記憶していたのかもしれません。世間的にはあまり話題にならなかったような気がします。

この事件は、三重県と奈良県の県境にある集落の公民館で地元住民が会合を開いた際に供されたぶどう酒に毒物が混入されており、会合に参加した20人の女性のうち17人が中毒症状を起こし5人が亡くなったという凄惨な事件です。

この事件で妻と愛人を失った奥西勝さんが容疑者として逮捕され警察の捜査で自供しますが、後に無罪を主張。三重地裁の第一審は死刑求刑に対して無罪判決。しかし名古屋高裁の控訴審で逆転有罪の死刑判決。最高裁の上告棄却により昭和47年死刑が確定します。

その後7度の再審請求の末、2005年に名古屋高裁が再審決定するも、2006年に再審開始取消決定。2010年に最高裁がその再審開始取消決定を破棄、名古屋高裁に差し戻します。2012年5月25日、名古屋高裁は再度再審開始取消決定をし、現在は弁護側により最高裁へ特別抗告がされています。

本書を読むと、この事件は疑惑にまみれていることがよくわかります。警察による自白の強要があった疑い、裁判で証人として出廷した地元民が虚偽の証言をした疑い、虚偽の証言を警察が主体で打ち合わせた疑い、などなど。裁判においても被告人の自白と地元民の証言や証拠とされる王冠の状況に矛盾があることが指摘され、一審では無実とされながら二審では何の証明もされないまま逆転有罪とされています。「疑わしきは被告人の利益に」の刑事訴訟法の原則がないがしろにされていることが強く指摘されています。

この事件で恐ろしく感じるのは田舎の連帯感というか同調圧力というか、地域社会を守るためには法を破ることも厭わない村人たちの言動でした。被告人が裁判で否認に転じてからは家族への迫害が続き、一族が集落を出ると墓を暴いて墓地の外に打ち捨てる暴挙に出ます。すべては村の平穏な暮らしを乱した被告人への憎しみのために。

正直言って本書を読んだだけでは、奥西勝さんが本当に無実なのか確信は持てません。他に真犯人がいるのかもしれないし、亡くなった女性たちの中に真犯人がいるのかもしれません。奥西勝さんの名誉が回復されても事件の真相が明らかになることはもうないと思います。

それでも、矛盾だらけで不当な判決だということは間違いがないことであり、この裁判で人が一人死刑になるようなことはあってはならないことだと思います。

奥西勝さんは逮捕当時35歳、現在は86歳だそうです。私も現在36歳ですからこれから50年間死刑囚として刑務所で暮らす人生なんて想像できません。わずかな余生でも名誉の回復がなされることを願います。


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