昔、会社に座敷牢があった

2012年末に朝日新聞が報じた大手企業の「追い出し部屋」問題に関して、厚生労働省が調査を始めたことが報じられていました。

【内藤尚志】大手企業で社員から「追い出し部屋」などと呼ばれる部署の設置が相次いでいる問題で、厚生労働省が企業への実態調査を始めた。まずはパナソニックなど5社への聞き取り調査を先行して行った。まともな仕事を与えられていない「社内失業者」を集め、「退職の強要」などの違法行為があれば、改善を促す方針だ。

(朝日新聞デジタル:「追い出し部屋」パナなど5社を実態調査 厚労省 – 社会より引用)

この手の問題はかつて2000年代前半にもいくつかの企業で問題となりました。当時は「座敷牢」なんて呼ばれていました。今でも2chのコピペが残っています。一番有名なのはセガの「パソナルーム」ってやつ。NCRの「座敷牢」やIBMの「市中引き回し」も裁判沙汰になりました。

セガの座敷牢問題って二年前にかなり話題になったんですが、知らない人のためにちょっとだけ説明すると、子会社への転籍を拒んだ社員に対して、本社の人事調整室(パソナルームというらしい)という所に閉じ込めて長椅子と長机、あと内線電話(外線にはつながらない)1つとパソコンが1つしかない、しかも私物の持ち込禁止の部屋に何人も押し込めて、仕事を何も与えないままほっておくというもので(これを現代版座敷牢って言っていたんですね)、これを性懲りもなくまやり始めたというんですね。しかも今度はこの中に人工透析を受けるような障碍者も含まれていたというんだから凄い。

日本NCR版座敷牢
この会社知らない人も多いかも知れませんが、私なんかの業界ではかなり有名なソリューションベンダーです。ここの座敷牢は元倉庫で、当然仕事はなし、エアコンも無しで、そのくせ机はぎゅうぎゅう詰めで満足に歩くこともできず、しかも監視員がいて四六時中見張っているそうです。

日本IBMの「市中引き回し」
これも同様に、子会社への転籍を拒否した社員が、社内でバイトがやるようなメール配達業務をやらされることになったという問題です。こないだまで管理職で上司だった人間がいきなり社内の郵便配達ですからひどいものです。

(リストラの恐怖、リストラそのものよりもリストラの手法への恐怖より引用)

この問題は国会でも参考人招致される事態になりました。参考人の生熊茂実さんは全日本金属情報機器労働組合(JMIU)書記長です。NCRもIBMも全日本金属情報機器労働組合(JMIU)に加盟していたためだと思います。

○橋本敦君 きょうは参考人の皆さん、それぞれの立場で貴重な御意見ありがとうございました。時間が少ないのですべての参考人の皆さんにお伺いできないかもしれませんが、順次お伺いしていきたいと思います。
 最初に生熊さんにお話を伺いたいんですが、実際に今、産業界、経済界で進んでいる産業再編あるいはリストラの実態を踏まえて具体的な例示をしながら御意見をいただきまして、それとの関係でこの法案審議をどう進めるか、大変参考にさせていただくことができました。
 いろんな例をお話しいただいたんですが、レジュメにもございましたけれども、一般紙にも出ておりまして私も大変関心を持っておるんですが、IBM、日本NCRの例ですね。新聞では、労働者を座敷牢に入れたということで人権侵害問題としても大きく報道されたんですけれども、こういう実態と今度の法案との絡みでどういうようにお考えになっていらっしゃいますか。
○参考人(生熊茂実君) IBMの場合は、総務とか経理とか人事、そういう部門ごとに分社化をされました。従来と同じ場所で同じ仕事をしているわけですけれども、その会社に転籍をすると賃金は四五%ダウンということになります。あるいは日本NCRの場合は、保守サービス部門、いわゆる銀行のATMとかスーパーマーケットのPOSシステムとか、そういうところのサービスをするわけですが、やはりこれを分社化してそこに労働者に転籍を求める、賃金は三〇%ダウンになる。生涯賃金で見ると四十五歳ぐらいの人だと四千万円以上減収になるという話も聞いております。
 ただ問題は、この転籍については、この場合は分社化ですから本人同意なんですが、その転籍を強要するために、座敷牢という言葉はこれはNCRで行われたわけですが、その転籍に応じなかった労働者を非常に狭い事務所に、電話も二十人も三十人も入っているところに一台しかない、あるいは仕事は奪われて、本を読め、技術を学べ、こんなことで閉じ込める。あるいはIBMの場合は、これは市中引き回し。座敷牢とか市中引き回しというともう江戸時代じゃないかという気がするんですが、その市中引き回しというのは、これまでSE、プログラムを組んでいたような労働者をいわゆるアルバイトがやっているような郵便物を社内に配達するところに配転をする、転籍に応じなかった労働者を。それを市中引き回しなんて言っているんですけれども、そういう人権侵害が行われているわけです。

(参議院会議録情報 第147回国会 法務委員会 第15号より引用)

私が新卒で入社した会社には座敷牢がありました。不採算部門を分社化する際に転籍に応じない社員を倉庫に閉じ込めて仕事も与えず根を上げるまで追い込むということが行われていたようです。

私が入社したときにはすでに分社化は完了していたし、分社化したのは保守サービス部門なので舞台は全国各地の保守拠点でした。本社にいた新入社員の自分にはそんな状況が同じ会社で起きているとは全く知りませんでした。

いや、知らなかったというのは嘘で、組合が毎週配布する機関紙にそうした状況がたびたび取り上げられていて、何か酷いことが起きていることは薄々と感じてはいたのです。でも自分がいるオフィス内には座敷牢なんて部屋はなかったし、そこに朝から夕方まで閉じ込められている人に出会うことはありませんでした。

むしろ組合の人たちは朝から会社の入り口でビラを配っていたり、時には拡声器で何やら喚いていたり、逆に自分たちとは異質の人々という感覚すら持っていました。だから情報としてその状況について知ることがあっても自分に直接関係することだとは思えなかったのです。

若かった頃の自分にはそういう扱いをされるのは仕事ができない低レベルな人なんだろうくらいの感覚だったのかもしれません。自分にとっては完全に他人事でした。

そんな中で地方の客先を担当した自分はある地方都市の営業所に出入りするようになりました。東京ではサービス拠点は本社とは別のビルにある独立した営業所だったのですが、地方都市では営業拠点とサービス拠点が同じフロアに入っているのが普通でした。

あるとき営業所の休憩所に入った自分はそこで一人のおじさんに組合の機関紙を渡されます。「ずいぶん若いな、何年目だ」「この会社はクソだぞ」「早く仕事できるようなって若いうちに出てった方がいいぞ」そんな説教をされました。

そのおじさんはその営業所で最後に残った座敷牢収容者だったことを後で知りました。地方では在籍社員数も少なくあまり締め上げは厳しくなかったようです。仕事は与えられないけれど座敷牢から自由に出ることはできる状況だったようです。その後彼がどうなったかは知りませんが、当時の年齢を考えるともう定年は過ぎているだろうしあの会社にはいないでしょう。

それが私がその会社で座敷牢の存在を意識した最初で最後の体験でした。

結局その会社はその後もリストラを繰り返し、私は8年でその会社を去りました。

最近その会社にまだ残る同期入社の人と会う機会がありました。どうやらあいかわらず同じようなことが続いていて、「人材再生プログラム」と称した隔離制度ができて、対象社員はオフィスの席を取り上げられて会議室でひたすら課題に取り組まされていると聞きました。入社3年目くらいの若い人が人材再生プログラムから解雇になり、会社を相手取って訴訟を起こしたとかで、社内は色めき立っているようです。

私はこのような非人道的な仕打ちができる企業は社会的な制裁を受けなければいけないと思っています。しかし一方で企業がそうしなければいけない理由にも思いを巡らせなければいけないとも思います。企業側にしても全員を雇用し続けることで倒産してしまえば全社員が犠牲になるわけで、一部の社員を切り捨てても大部分の社員を救わなければいけないという論理で動いているはずです。

私には、企業が人員整理を容易に行うことができない現在の労働基準法に大きな問題があるとしか思えません。こんなやり方で社員を追い出すような仕方しか人員整理をできないのであれば、それを企業に強制しているのは正に我が国の雇用制度そのもののはずなのです。

今の日本の労働環境が抱える問題は、抜本的な修正が行われないことによって、法のグレーゾーンを企業が突き進んでいることによってもたらされているように思えます。経済対策が喫緊の課題であることに異存はないのですが、現政権には景気回復で雇用環境が復調した暁にはそのときこそ労働制度の改革に取り組んでいただきたいと願います。


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昔、会社に座敷牢があった」に4件のコメントがあります

  1. 去年から初めて大きな会社で働いていますが大きい方がそういうのありますよね。

    中小だと社長に好き勝手に言いますので。

    今は無いみたいですが。
    以前は関連会社に行くように言い辞めるように仕向けそれを断ると
    事務員を営業に、
    事務員を我々がやってるような肉体労働に転属させて早期退職に応じない人を追い込んだそう。

    他にも勤務社労士は何をやってるんだ?ってぐらいグダグダ。会社が大きくても同じなんですね。
    給料が中小と変わらないから大会社でも長くいるつもりはありません。
    世代的に会社に

    1. コメントありがとうございます。
      ある程度大きい会社だとみんな上からの命令でやってるので罪悪感をあまり感じなくなっちゃうんだと思います。だから全体から見ると酷いことなのに平気で行われてしまうのでしょうね。
      身を守るために個人レベルでできるのは、この会社はダメだと思ったときにパッと辞められるような人材になることくらいだと思っています。

  2. ここまでするくらいなら示談してクビにするシステムの方がお互いのためだと思いますけどね…
    あまりに非効率的です
    日本社会自体が非効率性の塊といえばそれまでですが

    1. コメントありがとうございます。
      おっしゃる通りです。
      早く労働基準法の解雇規制が緩和されることを望みます。

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